ウユニ塩湖
当社のロングセール商品であるフィルムしおりシリーズは、ただ素材用の写真を使用しているのではなく、現地でカメラマンが体験したことなどを踏まえ、デザインしています。
しかし、そういった面はなかなか商品の紹介では書くことがないなと思い、いっそ小説風に仕上げてみました。
その第一弾、お楽しみいただければ幸いです。
追憶
「今日はどうだろう?」 朝起きたときに空を見上げることが日課になっていた。雨季のボリビアでは毎日のように雨が降るとはいえ、塩湖に雨が降ることはなかなかない。今でこそSNSや気象サイトで簡単に調べることができるが、当時は塩湖にかかる雲を直接見るか、毎日のようにジープを出している旅行会社、いわば旅人のたまり場に出向き、ドライバーに現地の状況を聞くくらいしか方法はなかった。
ウユニ塩原へ
今はウユニの町の近くに空港ができて比較的簡単に行くことができるようになったが、当時は首都ラパスからバスで町に向かっていた。普段日本という低地で暮らしている我が身が、いきなり標高4,000m近い土地に運ばれ、バカでかい薬で高山病と闘いながら8時間ほどバスに揺られてやっとたどり着くことができる場所だったわけだ。
バスが走り出しウユニの町が近づいてくると、遊園地に向かう子供のようにワクワクしたことを覚えている。
天空の鏡
塩原の上で雨が降れば、翌日以降に「天空の鏡」を見られる可能性が高くなる。しかし、少し降っただけでは水はけのよい塩の大地では水は溜まらない。降りすぎると今度は水が行き場を失い、時には数十センチも溜まってしまう。そうなると、少しの風でも波が立って鏡にならないばかりか、ジープですら現地を訪れるのが難しくなってしまう。
夜の全面鏡を見ようと思うならば、年に数回しか条件がそろわない絶妙な水位のタイミングを狙うしかないのだ。そのタイミングを逃さないために、観光ビザを延長し、現地に1か月近く滞在することにした。
塩原への持ち物
町から塩原に行くときは少なくともサンダルは持って行ったほうが良い。もともとは干上がった塩原だからその辺に塩の結晶がそこら中にあるし、足に怪我でもすると塩水が浸透して大変なことになるからだ。そして、それ以上にサングラスは欠かせない。富士山よりも高いウユニに降り注ぐ太陽の光は強烈で、それに加えて塩湖に反射した光も強いため簡単に雪目になってしまう。実際、甘く見て準備をせずに行った結果、次の日に目が開けられなくなったことがあった。昼の塩原に行くならば必要のないものだが、夜の塩原を見に行くならばダウンジャケットを持っていくと良いだろう。雨季(夏)でも高所の夜は驚くほど冷え込むのだ。
町から車で1時間ほど未舗装の道を走ると塩原のほとりが見えてくる。現実的な風景が少しずつ遠近感を失い、どこからが空でどこまでが水面なのかわからなくなってくる。感覚が曖昧になるその場所で、自分が立っているということをはっきりと実感していた。
幻想的な世界
これだけウユニ塩湖にこだわるのは、ウユニは時間帯によって様々な姿を見せてくれるという理由がある。朝から昼にかけては抜けるような青空と白い雲が描き出す美しい空間、日が沈む頃には一面がオレンジに染まり、日が沈むと紫色に染まっていく幻想的な世界、夜は空の星を映す全周囲プラネタリウムが目の前に広がる。ウユニの鏡は毎回同じようで、現地の天候や訪れたタイミング、そして塩湖を前にしたときの自分の感性で見えるものが変わってしまう。だからこそ何度も、そしてずっと見ていたくなるのだろう。
フィルムしおり ウユニ塩湖
この栞に用いた写真は、2010年の2月、2013年の1月に撮影したものから厳選したものになります。その中でも3枚目の、塩湖と空のパノラマ写真で使用したものは弧の内側が空、外側が陸を映したものになってます。他のしおりにもいくつかの「お遊び」が隠されているので、気になる方は探してみていただけると幸いです。
撮れなかった天国
夜の全面鏡となったウユニを見ることができた日、ガイドに無理を言って頼み込んで朝まで塩湖で過ごすことにした。夜が明けてきたあたりから周囲に霧が立ち込めてきた塩湖で、不思議な風景が目に飛び込んできた。天地に星がまき散らされた中に霧がかかっているという、まるで宇宙空間に放り込まれたような、天国に降り立ったような、何とも言い表すことが難しい風景。写真としてうまく残すこともできなかったので、実際に行って見てくださいとしか言えないのが残念である。